2020年5月21日放送の「奇跡体験!アンビリバボー」で世界で大ヒットした日本生まれの精密機械を紹介されます。

一枚の企画書から生まれた落としても割れない精密機械の商品とは一体何なのでしょう。

また、大ヒットしたきっかけは何だったのかご紹介させていただきます。

一足先にアンビリバボーの結末や真相・ネタバレについてまとめました。

 

日本生まれの落としても割れない精密機械は何?

アンビリバボーの中で紹介される世界で大ヒットした落としても割れない画期的な日本生まれの精密機械とは何なのでしょうか。

それは、時計のG-SHOCKです。

G-SHOCKは2017年9月で累計一億個の生産を達成。時計業界を代表するヒット商品になっている。

G-SHOCK(Gショック)誕生のひらめき・ヒント・きっかけとは?

開発者の伊部さんは、落ちても割れない時計がなかなか完成せず、打つ手なしの現状に呆然としていました。

息抜きがてら公園へ行くと、G-SHOCK誕生のきっかけとなるひらめきが降ってきます。

それは、子供がボール遊びをしているのを見てひらめいたそうです。

というのも、地面についているボールの真ん中に、時計の心臓部が浮かんでいるように映ったのだそう。

このきっかけからそれまで実験していた、五段階に分けて衝撃を吸収する構造に加えて時計の心臓部を点で支える浮遊構造を組み合わせるというひらめきに繋がりました。


G-SHOCK(Gショック)が大ヒットしたきっかけ

完成したG-SHOCKは最初、アメリカで売れ始めます。

アメリカで大ヒットしたきっかけは、とあるテレビ番組と宣伝方法・機能性(タフさ)が受けたからです。

アメリカでは、CMの演出方法がとても重要ということからG-SHOCKをアイスホッケーのパック(ボールのようなもの)に見立てて、選手に打たせるという演出をされました。

ですが当時、視聴者の疑問に答えるという人気番組に「G-SHOCKは誇大広告では?」という声が殺到しました。

この疑念を晴らすために、その番組内でCMと同じ演出で実験したり、巨大トラックでG-SHOCKを踏ませたりしたそうです。

結果、G-SHOCKは無傷で予想をはるかに超える機能性を実証することに成功。

この番組をきっかけに、アメリカで大ヒット。

1990年代にはG-SHOCKは逆輸入のかたちで日本などでも扱われるようになり大ヒット商品になりました。

日本生まれのG-SHOCKは、先にアメリカで大ヒットしていたんですね。

G-SHOCKの生みの親・伊部菊雄の経歴や学歴プロフィール

伊部菊雄

  • 名前: 伊部 菊雄 (いべ きくお)
  • 生年月日: 1952年生まれ
  • 出身: 新潟県
  • 職業: カシオ計算機(株)の技術者

伊部さんの出身大学は、上智大学理工学部機械工学科です。

カシオ計算機入社後、デジタル時計の構造開発を担当されていました。

経歴はこちらです。

1983年「G-SHOCK」を商品化。

その後、外装にメタルを用いたG-SHOCK「MR-G」を実現。

電波ソーラーの「OCEANUS」や高品質&低価格(愛称:チープカシオ)の商品企画に従事。

現在は企画業務と並行し、「Father Of G-SHOCK」として世界各国のG-SHOCKのイベントに参加し、ブランドの世界観を広める活動を行なう。